ご挨拶:高齢化社会と心臓血管外科
厚生労働省、WHOの発表では日本は平均寿命が84.3歳(男性81.5歳、女性86.9歳)と世界一の長寿国です。平均寿命とは0歳児における平均余命のことで75歳以上の平均寿命となると男性約87歳、女性約91歳とのことです。そして内閣府によると、実際65歳以上の高齢者は全人口の約28.9%と言われていますので確かに超高齢社会と言えます。しかしWHOの提唱する健康寿命も日本は世界一でその伸び率は平均寿命を上回っており、世界一健康な高齢者が多い国ともいえます。
私たち仙台徳洲会病院心臓血管外科は高齢化の進む日本社会において加齢がリスクファクターで、緊急性の高い循環器系疾患に対する心臓血管外科的治療の必要性にこたえるべく、可能な限り診療を進めております。
2023年7月1日より、心臓血管外科のチームは東京女子医大病院心臓血管外科から派遣されるチームとなり、今まで以上の手術の質、数を目標に活動しております。さらに月に数回、東京女子医科大学病院心臓血管外科主任教授の新浪博士先生に手術の指導をいただき、難しい手術やよりアカデミックな手術を執刀していただいております。当科としては東京女子医大病院心臓血管外科での手術件数や手術内容等の診療実績を当施設で実現し、この仙台で世界的に最先端の手術を提供することを目標にしております。
従来心臓手術は、手技の煩雑さやその侵襲の高さのため、術中のリスクや術後の後遺症やリハビリの長さなどが懸念され、手術適応が患者様の状況や術者の経験によっても左右されてきましたが、現在の心臓手術における侵襲やリスクは、手術の工夫や進歩、人工心肺等の機械の向上、術中術後管理の工夫によって急速に改善しています。そのため侵襲の高い手術であってもそれほど術後のリハビリの苦労はなくなり、また可能な限り低侵襲の手術方法も開発されています。
当科としましても外科医の責任としてはやはり外科医しか求められない上記の世界最高の健康寿命と平均余命を全うできる生命予後と生活の質の改善にプライオリティがあると考えております。今後の生命予後のため侵襲が高い手術が必要患者様には術後の苦労が少なくなるような高度な手術の工夫や、高齢やほかの合併症などで高い侵襲をどうしても避けたい患者様は可能であれば低侵襲の手術(MICS*等)を心がけています。
*低侵襲心臓手術(MICS):従来の心臓手術は胸骨を切開する胸骨正中切開法で行われ、人工心肺装置を用いて心臓の拍動を停止させます。いずれも体への負担は決して軽いとは言えません。近年、そのどちらか、または両方を行わない低侵襲心臓手術(minimally invasive cardiac surgery, MICS)が行われています。MICSのメリットは美容的に優れている点だけでなく、出血、術後疼痛、感染症などの様々な術後合併症のリスクを軽減する可能性があるところにもあります。もちろんすべての患者さんがMICSでできるわけではありませんが、我々も積極的に低侵襲手術に取り組んでおります。
<例:前施設での当チームの手術件数(2022年):以下同>
2022年1月からの総症例数 | 237 |
---|---|
TEVAR,TAVIを含む開心術 | 201 |
OPCABを含む人工心肺症例数 | 164 |
(定例待機手術の死亡率 0%)
心臓血管外科の主な対象疾患
- 冠動脈疾患:狭心症,心筋梗塞,心筋梗塞合併症(心破裂,心室中隔穿孔,乳頭筋断裂,左室瘤,虚血性心筋症など)
- 弁膜症:大動脈弁狭窄症,大動脈弁閉鎖不全症,僧帽弁閉鎖不全症,僧帽弁狭窄症,三尖弁閉鎖不全症など
- 不整脈:心房細動,心房粗動など
- 大動脈疾患:胸部大動脈瘤,腹部大動脈瘤,急性大動脈解離など
① 虚血性心疾患(狭心症、心筋梗塞)
心拍動下冠動脈バイパス術(Off-pump CABG, OPCAB)
従来人工心肺使用心停止下に行っていた冠動脈バイパス手術を人工心肺を用いず心臓が拍動した状態で行う手術です。当科におきましてはこのOPCABで、かつ長期開存率の高い両側内胸動脈を含めた動脈グラフト中心の多枝バイパスを基本術式としています。
2022年1月からのOPCAB症例数 | 39 |
---|---|
平均吻合数 | 3.30本 |
死亡率 | 0 |
主要心血管イベント | 0 |
左小開胸冠動脈バイパス術(MICS CABG, MIDCAB)
左側胸部の小さな切開(6cmほど)で長期開存率の高いLITA-LADのバイパスを行います。循環器内科先生方と協力して他の冠動脈はカテーテル治療することでハイブリッド手術として行う事ができます。
② 弁膜症
(ⅰ)僧帽弁閉鎖不全症
僧帽弁形成術を基本術式としています。単弁の形成術はMICS MVP(下記)とし、三尖弁手術や不整脈手術などの他の手術も必要なときは正中切開を基本とします。
2022年1月からの僧帽弁手術 | 32 |
---|---|
僧帽弁形成術 | 22 |
MAZE併用 | 13 |
mics-MVP | 7 |
死亡率 | 0 |
主要心血管イベント | 0 |
(僧帽弁狭窄症や再手術症例を含みます。)
右小開胸による僧帽弁形成術(MICS MVP)
右側胸部の小さな切開(6cmほど)で僧帽弁形成術を行います。三尖弁輪形成術を併せて行うことも可能です。
(ⅰ)僧帽弁閉鎖不全症
大動脈弁置換術を基本術式とします。
右小開胸による大動脈弁置換術(MICS AVR)
胸骨の全切開を回避あるいは全く胸骨を切開することなく大動脈弁置換術を行います。切開を小さくすることができ、胸骨骨髄炎などの合併症のリスクを軽減します。
経カテーテル大動脈弁植え込み術(TAVI)
超高齢や合併症などのためハイリスクで、手術を断念した大動脈弁狭窄症患者さんに対する新しい低侵襲治療法です。胸を大きく開かず、また、心臓を止めることなく、人工弁を患者さんの心臓に装着することができます。当院ではまだ施設認定が許可されておりませんが、チームとしてはTAVIを経験してきたチームです。早急に施設認定を習得できますように鋭意努力いたしますのでもうしばらくお待ちください。またTAVIは大動脈弁置換術を受けられない患者さんが対象になります。適応の判断には検査を実施し、専門の医師の診断が必要です。ぜひ、当院にご相談下さい。
大動脈弁輪拡張術
近年では上記のTAVI症例数の増加が認められておりますが、TAVI弁は現在において10年以下の耐久性しか確認されておらず、高齢者や開胸の大動脈弁置換術が受けられない患者様が対象となります。しかしTAVIは生体弁の弁置換術を受けた患者様でも対象となる可能性がありますので、当科では若年での生体弁置換術をご希望される患者様には将来のvalve in valveを見越して、できるだけ大きな生体弁を挿入できるように弁輪拡大術を積極的に行っています。
当チームによる大動脈弁輪拡大術+大動脈置換術の術前術後CT
③ 大動脈疾患
従来の人工血管置換術やオープンステント内挿術を行っているほか、胸部下行以下の動脈瘤や解離に関しては、ステントグラフトによる治療を検討しております。また大動脈弓部や腸骨動脈分岐部等の従来ステントができず、開胸開腹していた場所でも、ご高齢の方やハイリスクな患者様に対しては、可能であれば自家製開窓型ステントグラフト(Najuta等)も使用しております。
1.大動脈弓部置換術+オープンステントグラフト内挿術の術後3DCT
2.当院における自家製開窓型ステントグラフト(Najuta)の術後3DCT
④ その他の手術
そのほかにも肥大型心筋症に対する左室異常心筋切除術、心室中隔穿孔に対する左室形成術等、循環器内科の先生方、患者様のニーズに応えるべく様々な手術に取り組んでおります。
当科ではすべての心臓血管疾患に対して、重症度や緊急性を問わず患者さんをお受けします。手術適応があるのかどうか判断に迷う場合や、再手術や重度の合併症のため手術が可能かどうか苦慮する場合など含め、お気軽に御相談下さい。
文責 2023/07/12 仙台徳洲会病院 心臓血管外科 部長 池田 昌弘
担当医師
池田 昌弘
・心臓血管外科部長
・外科学会専門医
・心臓血管外科専門医
・腹部ステントグラフト実施医
経歴
1974年 香川県高松市生まれ
2002年 香川医科大学(現 香川大学)医学部卒
2002年 東京女子医科大学付属第二病院 心臓血管外科入局 研修医
2004年 東京女子医科大学付属第二病院 心臓血管外科 助教
2009年 埼玉医科大学国際医療センター 心臓血管外科入局 助教
2012年 Rajavithi Hospital (Bangkok, Thailand) clinical fellowship
2015年 埼玉医科大学国際医療センター 心臓血管外科 助教 病棟医長
2017年 東京女子医科大学病院 心臓血管外科入局 助教 病棟医長
2022年 仙台循環器病センター 心臓血管外科 医長
2023年 仙台徳洲会病院 心臓血管外科 部長
村上 弘典
・外科学会専門医
・腹部ステントグラフト指導医
・胸部ステントグラフト実施医
・下肢静脈瘤に対する血管内治療 実施医
・経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVR)実施医
・心臓リハビリテーション指導士
経歴
2013年 富山大学医学部 卒業
2014年 東京女子医科大学病院 研修医
2016年 東京女子医科大学病院 心臓血管外科入局
2017年 独立行政法人国立病院機構 横浜医療センター 心臓血管外科
2021年 東京女子医科大学病院 心臓血管外科 助教
2022年 聖隷浜松病院 心臓血管外科
2024年 仙台徳洲会病院 心臓血管外科
関野 美仁
応援医師
新浪 博
・東京女子医科大学心臓血管外科教授・講座主任
・医学博士(東京女子医科大学)
・日本胸部外科学会理事
・日本外科学会認定医・専門医・指導医
・日本胸部外科学会認定医・指導医
・心臓血管外科専門医・修練指導医
・日本移植学会 移植認定医
・認定植込型補助人工心臓実施医
・外国人医師臨床修練指導医
経歴
1987年 群馬大学医学部卒業 東京女子医科大学大学院博士課程 入学
1989年 米国 Wayne State University(Detroit, Midhigan), Research Fellow
1991年 東京女子医科大学付属日本心臓血圧研究所 帰局 助手
1995年 豪州 Alfred Hospital(Melbourne, Victoria), Registrar
1996年 豪州 Royal North Shore Hospital(Sydney, New South Wales), Senior Registrar
1998年 東京女子科大学心研循環器外科 帰局 病棟医長
1999年 東京女子医科大学付属第二病院 心臓血管外科 講師
2004年 東京女子医科大学付属第二病院 心臓血管外科 助教授
順天堂大学医学部 心臓血管外科 助教授
2007年 埼玉医科大学国際医療センター 心臓血管外科 教授
2016年 Visiting Professor, University of Medicine 1, Yangon, Myanmar
2017年 東京女子医科大学 心臓血管外科 教授・講座主任
2018年 早稲田大学大学院先進理工学研究科 客員教授